2014年6月19日木曜日

6月3日 気功してうたう 今日のWS

「気功してうたう」も、だいぶ回数を重ねてきたように思います。
もう一回、6月21日土曜日にありますが、それで一区切り。
7月・8月は「ヨガして歌う」となります。

例の”仙人長寿功”も一巡りしました。
主に背骨へのアプローチ、と私自身は感じていますが、
そうは言ってもやはり全身、です。
まあ、背骨が動くと言うことは、全身動かすことになるようにも思えます。

さて、今日の課題曲の1つは「夏の思い出」。
これは、「残したい日本の歌」の1つかと思っています。

なぜかというと、あ、もちろん私見ですが。。。
この曲はたぶん作詞が先だと思われます。
そして、それを何度も読み込んで曲が付いた。そのように感じます。
言葉に音のリズムが合わせてあり、しかもそれが活かせる曲になっています。
音楽の世界では、ゼロはありません。お休みもカウントをとります。
その休みも、わざと何もしないときと、
表現やブレスなどに、ここぞ、と使うときとあります。

この曲は、メロディーの最初が休符、お休みから始まります。
これは、何か?
歌詞は、「 夏が来れば思い出す」で始まります。
私見ですが、この休符は気づきの休符と考えます。
「あ、夏が来ればっていえば・・・思い出すんだけれど」  と私は思うわけです。

次の「遙かな尾瀬 」の後の休符は、感嘆の休符。

サビの「水芭蕉の花が 」の後の休符、「咲いている 」の後の休符。
これも感嘆だけれど、今度は見つけてうれしい感嘆。美しさへの感嘆。

と、このように楽譜には、休符にだけでもいろいろなことが隠されています。

まだ、ひとつひとつ、作曲家が伝えたいことをなんとか書き残そうとしていた証。
今風の曲になると、この繊細さが演奏者側に任されてきているように思います。

ん。。。ここら辺りがクラシックらしさ、なのかもしれません。。。

今日は、ちょっと音楽なお話しでした。




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